小さな命の、帰る場所
こんばんは。
蓮うさぎのれんです。
今夜は、昔のことを、ふと思い出しました。
弟が、学校からの帰り道。
横断歩道を渡っている途中で、
小さな鳥が、飛べずに、
地面でバタバタしているのを見つけました。
信号が赤に変わる前に。
おそるおそる、
バタつく片足をそっとつかんで、
弟は、その子を、家まで連れて帰りました。
困ったのは、母です。
大きな虫ケースに、タオルを敷いて、
その中に、鳥を入れました。
心配そうな弟のために、町の動物病院に、
治療をお願いしてみましたが、断られてしまいました。
一軒だけでは、ありません。
何軒も、何軒も・・・。
そしてようやく、
「診ましょう」と言ってくださる獣医さんに出会えて、
そこで初めて、
断られ続けていた理由が、わかりました。
野生の鳥は、人が飼うことができないことになっている。
なぜなら、それは、生態系に関わることだから。
母はそう獣医に言われました。
そして、弟は、こう言われました。
「お母さん、お父さんのところに帰してあげれば、
きっと、元気になれるよ」と
その夜、母と一緒に、弟は、鳥を、森へ返しました。
そして、さよなら、をしました。
大人になってから、
このお話を、あらためて調べてみたことがあります。
日本には「鳥獣保護管理法」という法律があって、
許可のない野生の鳥や獣の捕獲は、
原則として禁じられています。
その目的として、
法律の条文には、
「生物の多様性の確保」という言葉が書かれていました。
一羽の、名もない小鳥であっても、
その土地の生態系の中で、虫を食べたり、種を運んだり、
だれかの命をつないだりする、役目を持っている。
だから、個人の善意だけで、
その関係を断ち切ってしまってはいけない。
そういう考え方が、
あの「お断り」の奥にあったのだと、知りました。
不思議なことに、
仏教にも、よく似た考え方があります。
「縁起(えんぎ)」という言葉です。
すべてのものは、
それひとつで存在しているのではなく、
さまざまな縁が寄り集まって、
初めて、そこに在る。
鳥も、虫も、草も、木も、
互いに関わり合いながら、
ひとつの世界を、かたちづくっている。
一羽の鳥を、自分の手の中に留めてしまうことは、
その子が本来結ばれていたはずの、
無数の縁を、
そっと、断ち切ってしまうことでもあったのだと思います。
日本の仏教には、
もうひとつ、
「山川草木悉皆成仏(さんせんそうもくしっかいじょうぶつ)」という言葉があります。
山も、川も、草も、木も、
すべてのものに、
尊い仏の性質が宿っている、という考え方です。
人間だけが特別なのではなく、
森も、鳥も、おなじだけの重みを持って、
そこに在る。
そう思うと、あの時、弟は鳥を森へ返した、
ただの背景ではなく、あの子が本来、
帰るべき場所だったのだと、
腑に落ちる気がします。
そして、
「放生(ほうじょう)」という言葉も、教わりました。
捕らえた生き物を、
もとの場所へ、放してやること。
古くから、日本のお寺や神社で、
大切にされてきた、慈悲(じひ)のかたちです。
慈悲(じひ)というのは、
「慈」は、相手の幸せを願う心。
「悲」は、相手の苦しみを、取り除きたいと願う心。
どちらも、
自分が満足するためではなく、
相手にとって、本当に良いことは何かを、
考えるところから始まるのだそうです。
弟が鳥を手放したことは、
自分のさみしさより、その子の幸せを、
選んだということだったのかもしれません。
すべては、うつろっていく。
仏教では、これを「諸行無常(しょぎょうむじょう)」と呼びます。
あの鳥も、
いつまでも、虫ケースの中にいるわけにはいかない。
いずれ、森へ還っていく存在でした。
手放すというのは、
その「うつろい」を、
無理に止めないでいる、
ということなのかもしれません。
ただ、生態系の話も、
仏教の教えも、たどりつく場所は、
同じところにある気がしています。
すべては、つながっていて。
一つひとつの命に、
ちゃんと、お役目と居場所がある。
だから、
大切な誰かのためにできる、
いちばんの愛情は、
そばに引き止めておくことではなく、
その子が、その子らしくいられる場所へ、
そっと、送り出してあげることなのだと思います。
あの日、弟が見つけた、小さな鳥にも。
何軒も、断ってくださった動物病院の先生方にも。
そして、最後に、
ちゃんと理由を教えてくださった、あの獣医さんにも。
「ありがとう」と。
断られたことも、
助けられなかったことも、
全部ふくめて、
あの一日が、あったから。
手放すこともまた、
ひとつの愛情なのだと、
教えてもらえた気がしています。
今日も、
出会った人やものごとに、
ひとつずつ、
「ありがとう」と、小さく言ってみます。
うまくいったことにも。
うまくいかなかったことにも。
今日も、あなたの心に、静かな凪がおとずれますように。
